誰にでも家庭で簡単にできる 子供に楽しく勉強させて学力を上げる学習サポート
小学生・中学生の子供のいらっしゃるご家庭向け 家庭学習の指導法のご紹介

なぜ学校に任せきりではいけないのか

あなたのご家庭では「教育」はどのようにお考えでしょうか?
「昔の教育」と「今の教育」
全然違ってきていることにお気づきですか?

時代の変化に柔軟に対応できていますか?


たとえば学校では教育改革により教え方が変わりました。
それにともない塾などでの教え方にも変化が見られるようになりました。

また、「遊びのしかた」、「友達との付き合い方」など、
勉強以外のことについても時代の変化とともに変わってきています。
家族の中でのコミュニケーションもひと昔前の家族とは違っていることでしょう。

そんな急激な変化の中で「お子様の学力」、「お子様の個性・人間らしさ」を
どれだけ伸ばしてあげることができるのでしょうか?


伝統的なものは正しい・・・

そんなことは言えるはずがありません。
実際に今、教育には非常に多くの問題点があげられています。

近年、教科書の改正、個性教育の意識化、ゆとり教育の失敗・・・
教育環境に様々な変化が起こっています。

・学習内容の理解が得られないまま授業が進められる
・教科書が改正されて内容が分かりにくくなった
・先生の教える力の低下を訴える人も増えてきている


実際に今の学校の教科書を読んでみてください。
ほとんどの生徒が「わからない」と言うのです。

たとえば、数学の教科書を例にあげてみましょう。

子供がまだ習ったことのない「新しい公式」が、いきなり提示されています。
そして、その公式を証明する式が書いてあるだけです。
途中の考え方などの重要な部分が書かれていないのです。

では、その公式を使って、教科書で問題演習をしてみる際、問題数が数問程度しかありません。
計算問題の場合、多くても6問、少なければ1問だけしかないのです。
文章題では、ほとんどの場合が1問だけで、2問も載っていることは、まずありません。
文章題の解き方の例が提示してあるだけで、問題が1問もないこともあるのです。
定着するには程遠いレベルの問題数しかないのです。

ここで学校の先生の力が大きく影響してきます。
先生が「わかりやすく」教えなかったのならば、子供は教科書からは理解することができません。
学校の先生の「教える力」ひとつで子供の理解が全然違ってくるのです。


では次に、英語の教科書を例にあげてみましょう。

英語の教科書は、以前とくらべて、会話的な表現が多くなってきています。
一見良さそうに思えるのですが、しかし、これは大きな間違いです。

授業で英会話をしていくことは非常に役立つでしょう。
しかし、教科書での会話的な表現は、子供たちの混乱を招いているだけです。

教科書では、会話の流れなどから主語が省略されていて、
文法がなかなか理解できないようになっているのです。

しかし、会話だから、なんとなく訳して意味が通じれば○がもらえます。
そして、なんとなく訳すことができた子供は、曖昧なまま「理解した」という気になってしまうのです。

別の教材などを使って文法をしっかりと勉強している子供にとっては、
しっかりとした英文の書き方が頭にあるので、省略を多用した会話表現によって混乱するのです。
非常に難易度の高い問題集をこなしている子供でさえ、「教科書がわからない」と言います。

「教科書ができた」という子供のほうが、内容が曖昧になってしまい、
学力が上がらないという変わった傾向もあります。

実際、教科書を順調に学習をこなしている子供が他の教材をやってみたときに、
「何が主語なのか分からない」、「英文を書く順番が分からない」などのように言うのです。

文法のしっかりとした文章か、それとも会話か、これはハッキリと区別すべきなのです。
教科書では、文法と会話の中途半端なことをやっているので、理解が難しくなっているのです。

日本語をどのようにして覚えたのかを考えてみましょう。
机に向かって覚えていった記憶はないのではないでしょうか?
ずっと日本語を使う環境にいたため、自然に身についていったはずです。
そして、文法の使い方など、正しい日本語を覚えるために国語を勉強しました。

これは英語でも同じです。
英語を身につけるためには、「習うより慣れよ」です。
教科書で会話を勉強してもほとんど身につきはしません。

そして、正しい英語、文法を学ぶためには、
会話的な表現ではなく、主語や文法などがしっかりとした文章で勉強すべきなのです。

学校で、文法と会話の中途半端な授業をするより、
「文法は文法、会話は会話」と切り離し、それぞれに合った学習をしていった方が身につくでしょう。


授業時間数では、ゆとり教育が問題になりました。

学校で教えるべき内容を、決められた時間で消化することができないことから、
最初の頃は「わかりやすく」教えていたのに、学年末が近くでは、時間が足りないことを理由に
最後の方の単元は黒板に書いて簡単に説明するだけで終わらせてしまう先生も多いのです。

いくつかの学校の授業進度を比較してみると顕著に授業の進め方の違いが表れます。
学校によって(先生によって)かなり差があるのです。
このことが原因で、学校内では良い成績でも受験のときになって困ってしまう子供もいるのです。

限られた時間数の学校教育では、子供に必要な教育をおこなうことができていないのが現状です。
そのために、文部省(現在の文部科学省)は塾などの学習サポートの推進をしているのです。

近年は授業時間数を増やす動きがありますが、これでもまた教育現場は混乱するでしょう。


先生の「教える力」の低下も言われています。
実際の統計でも、半数以上の保護者は「先生の教える力が低下している」と感じています。

学校の先生の「教える力」次第では、子供はまったく授業が分からなくなります。
先生が「わかりやすく」教えなかったのならば、子供は教科書からは理解することができません。
学校の先生の「教える力」ひとつで子供の理解が全然違ってくるのです。

ですが、本当に学校の先生の教える力は低下しているのでしょうか?

教える力の低下を感じたとしても、教育環境の変化による様々な問題が組み合わさっているため、
本当に先生の教える力が低下したのかどうかは定かではありません。

「先生の力が今まで通りでは学力が下がってしまう」という教育環境になったのではないでしょうか。
つまり、先生に対しての要求が極端に大きくなったのです。

・子供が理解し難い教科書で教えなければならない
・授業時間数の変更があっても、決められた時間内で教えなければならない
・個性教育が言われ、仮に学習とは程遠い環境であっても教えていかなければならない
・ルールを守れない子供への体罰なども禁止されてしまった

少し考えてみただけでも、非常に大変な教育環境です。
熟練を重ねた特別な先生でなければ、この教育環境の変化に対応できないのではないでしょうか。

学校の先生方は、こういったプレッシャーの中で「教える力」を発揮しなければなりません。
「教える力」に秀でた先生でも、その力を発揮できない方もいることでしょう。


学校の先生の力で大きく影響してくるのは「教える力」だけではありません。
どんなにわかりやすく教えたとしても学校の教科書だけでは問題数が少なすぎます。

・「それを補強するために問題集を選ぶ能力」
・「それをどの程度宿題に出すかなどの計画性」
・「生徒に宿題を忘れずにやってくるようにさせる指導力」

これらすべて重要なのです。

学校や問題集を出版している方に失礼かもしれませんが
「どうしてこんな問題集を使わせているんだろう」と思ってしまう学校もあります。

夏休みの終わりが近くなって「学校の宿題は進んでる?」と子供たちに聞いても
「まだ全然やっていない」と答えが返ってくることもあります。
指導が子供たちに行き届いていないのです。


本当に力を発揮できている先生は稀にしかいないのではないでしょうか?

学校に任せっきりにするのは非常に危険です。


さらに今、個性教育が言われています。
それぞれの子供の個性に応じた教育を行い、その個性を伸ばしていこうというものです。
そのために、様々な教育カリキュラムを用意し、様々な手段で教育に取り組もうというのです。

この個性教育によって、どのような問題が生まれるのでしょうか?

当然ですが、教師の負担が増えます。
子供それぞれに、個性に合うように違う教育方法を考え、指導に取り組まなければならないのです。
現実問題を考えると不可能でしょう。
あるテレビの討論番組で話題に上がっていたのですが、
教師が生徒全員の個性を知り尽くしていたら、それこそ、奇妙な気がします。
人の個性というものは、簡単に判断できるものではないのです。
多くの子供たちの個性を知り尽くしていると言うのは、表面しか見ていないからではないでしょうか?
個性は、そんなに浅いものではありません。

そして教師が負担に耐え切れなくなると・・・
きっと表面的な個性教育だけを行い、ごまかしてしまうことでしょう。

たとえば運動会などもいい例です。
最近では、順位をつけない学校が圧倒的に多くなっています。
足が速いことは個性ですが、足が遅いのも個性だという理由で順位をつけないのです。
順位をつけないということは、足が速くても遅くても同じということになります。
一方の個性をつぶしてしまうことで、他方の劣勢の個性を隠し、
「個性を尊重した」と、ごまかしてしまうのです。

個性教育のために、様々な教育カリキュラムもあることでしょう。
限られたものの中から子供の個性を選ばせる。
決めることができない子供は教師が決めてあげる。
個性とは自然に身に付くものではないのでしょうか?
人に決められたものを個性ということができるのでしょうか?

また、子供が好きなものを好きな方法で学習することにより、明らかに学力は低下します

好きな科目でも、好きな方法で気ままにやっていては、なかなか学力は上がらないのです。
好きなものだけに取り組んでいれば、教師の目には子供たちはよくがんばっているように見えます。
好きな教科に本気になって取り組めばいいのですが、
気ままにやった学習では、なかなか身につくことはなのです。
また、その科目が嫌いな子供に勉強を邪魔されてしまうこともあるかもしれません。

好きではない科目、面倒な科目は勉強することを避けることで、当然ながら学力は伸びてきません。
嫌いなもの、面倒なものを避けるだけになってしまうのです。
勉強をしたくない教科の場合、放置された状態になってしまうこともあります。
学級崩壊も珍しくはないでしょう。

そもそも、やるべきことをやってからの個性だとは思いませんか?
あなたは、やるべきことをしっかりとやってきて、その上にさらに個性を身につけていることでしょう。
今の子供たちにも、それができないわけがありません。
個性教育は一歩間違えば、「甘やかし教育」、「放置教育」になるのです。

個性教育という名のもとに、ただの甘えた子供を作り出してしまうのです。
そして、社会的な秩序や責任感が乏しく、自分の権利だけを主張する人間になってしまいます。

個性を伸ばすことは非常に大切なことですが、それは従来の教育に加えてやっていくべきことです。
多くの先生方が、個性を伸ばすことについて誤った解釈をすることによって、
「ただ楽しくすればいい」、「子供の自由にすればいい」という教育に変わってしまいます。

「楽しいだけで学力は上がらない」という結果が現れるのは目に見えています。

・やるべきことはしっかりとやる
・守らなければならないルールはしっかりと守る
・そして、その上で個性を伸ばしていく

これができてこそ、個性教育は素晴らしいと言えるでしょう。

子供をよく見て正しく個性教育できる場所は家庭しかありません。
やはり、学校では無理があります。


学校の先生の感じる負担、プレッシャーは人それぞれ違うと思います。
やはり、すべてを学校に任せきりにするというのは危険でしょう。

学校と家庭の連携が一番のポイントだと思います。



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